消耗と癒し
21歳の時、東京の池袋の東武デパートの工事していた時、完成間近めちゃくちゃ忙しくなってきて、2日連続徹夜ってあったんだよね、厳密に言うと、朝7時にコンビニで何か齧ってそのあたりに腰かけて仮眠して8時の朝礼するっていう。
そのとき一人暮らしだし、生活が軌道にのってないっていうのもあって、狭いユニットバスで「今日は特別に風呂を自分に許そう!」 みたいな気持ちになって湯を張って
風呂入った時、ものすごい気持ちよくてすごい復活したの覚えてる。
毎日普通に風呂に入ってる人だとそんなこと思わないとかもしれないけど
風呂や温泉の力に何百回も癒され救われてきたなって思う。
体力って、そのことをすることでしか形成されないっていうか、
スポーツの体力と現場の体力って全然一致しないからさ。運動やってる人は一緒だと勘違いしている人いるけど。現場の仕事で例えば2時間ガッツリ動ける性能ってなんの役にも立たないから。8時間集中して動けて、それを週6でできて、一年間通せる能力が現場の人には必要だからさ。
あの時の僕だと、
もちろん2日間徹夜で動き続ける、って未体験だったから非常に消耗したし(限界を超えることでデフォルトの設定が更新されていくっていうか)、だから自分に当時は特別な風呂を許してあげたくなったんだよね。
貧乏症の貧乏な話しは聞いててもしんどいね笑
そして若いと、蘇る幅もデカイ。
火にあたる
っていうのもほんとそれよね。
ちょっと風邪気味かなあ、とか、あーーおなか痛い、って時、薪ストーブの前に来て、背中炙ったりしていると、
本当に気持ちよい。
古代の時代、火の前は、誰かを癒す特別な場所だったに違いないって思う。
例えば、戦闘で傷付いた男を癒すために火を焚いたり、
僕のようにお腹が痛い子供のために火に当らせたに違いない。
キャンプで焚火をするのはそういう名残りもあるかと思うけど、薪ストーブのある人は日常的に古代からヒトがやってきたように薪ストーブで癒されている。
2日間、エアコンの暖房の環境で仕事して、喉が完全にやられた。
普段どれだけいい環境にいるかってこと。
普段の質が人生の質。特別な何かを求める必要はない。
美味しい空気のところで美味しいものを食べる努力をして薪ストーブがある日常。
たくさん頑張って薪ストーブに癒される。
薪ストーブがある人生を選ぶ理由として十分だと思う。